広島地方裁判所 昭和48年(行ウ)18号 判決 1975年8月29日
原告
石川敏雄
外五名
原告ら訴訟代理人
外山佳昌
外八名
被告
大竹市長
外一名
右訴訟代理人
堀家嘉郎
外二名
右指定代理人
金森龍
外四名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一、双方の申立
原告らは、「被告が、訴外三菱レイヨン株式会社に対し昭和三五年度以降昭和四五年度まで金三一、一二〇万六、三一〇円の、訴外日本紙業株式会社に対し昭和三五年度以降昭和四七年度まで金八、〇九三万三、八三〇円の、各固定資産税の賦課徴収を怠つたことは、いずれも違法であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、本案前の答弁として、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
二、原告らの請求原因
(一) 原告らはいずれも大竹市の住民であり、被告は、大竹市の事務の管理及び執行者として地方税の賦課徴収事務を行なつている者である。
(二) 被告は、訴外三菱レイヨン株式会社(以下三菱レイヨンという)及び同日本紙業株式会社(以下、日本紙業という)との間でそれぞれ工場誘致契約を締結し、次のとおり両社の負担すべき固定資産税を免除し、その賦課徴収を怠つた。
(1) 三菱レイヨンに対し、昭和三五年度以降昭和四五年度までの金三一、一二〇万六、三一〇円(別表(1)ないし(11)記載のもの)
(2) 日本紙業に対し、昭和三五年度以降昭和四七年度までの金八、〇九三万三、八三〇円(別表(1)ないし(13)記載のもの)
(三) しかし、地方公共団体が特定人に対し地方税を免除して、その賦課徴収をしないことができるのは、地方税法三条に規定するとおりその旨の条例を制定するか、または法六条所定の要件を具備することを要するところ、被告は、大竹市条例に何らその根拠を有しないばかりか、三菱レイヨン、日本紙業がいずれも法六条所定の要件を具備するものでなかつたにかかわらず、両社に対し前記(二)記載の免税措置をとつて固定資産税の賦課徴収を怠り、もつて違法に公金の賦課徴収を怠つた。
(四) 原告らは、昭和四八年五月三一日大竹市監査委員に対し監査請求をしたが、同委員より同年七月二七日付をもつて請求に理由がない旨の監査結果の通知を受けた。
(五) 被告の前記不作為は、地方自治法二四二条一項所定の、違法に公金の賦課徴収を怠る事実に該当するから、その違法であることの確認を求める。
三、被告の本案前の答弁
(一) (監査請求前置主義違反の主張)
かりに被告が固定資産税の賦課徴収を怠つたことになるとすれば、原告らは、地方自治法二四二条二項により被告が固定資産税の賦課徴収を怠つた日から一年以内(昭和三九年四月一日以前の固定資産税の賦課徴収を怠つた分については、昭和三八年法律第九九号地方自治法の一部を改正する法律附則一一条一項により改正法の施行日である昭和三九年四月一日から一年以内)に監査請求を提起しなければならないが、原告らの監査請求は所定期間を徒過した後のものである。すなわち被告は、地方税法四一〇条、四一五条、三六四条七項、大竹市税条例六七条に基づき、賦課徴収すべき年度の一月一日現在の固定資産税について、同年度の四月三〇日までにその税額を決定賦課し、同条例に基づいて徴収すべき権利義務を有するから、本件についていえば、被告は、別表(1)ないし(13)記載の固定資産税を同表同欄記載の各年度の毎年四月三〇日までに賦課すべきこととなり、従つてこれを怠ることにより、各年度の五月一日にはそれぞれ被告の不作為状態が明確となつたのであるから、原告らは、これらに対する住民監査請求を右各年度の五月一日の翌日から起算して一年以内(但し別表(1)ないし(4)記載の固定資産税については、前記附則一一条一項により昭和三九年四月一日から一年以内)に提起しなければならないのにかかわらず、右期間を経過した昭和四八年六月一日に至つてはじめて住民監査請求をなしたのであるから、原告らの本件訴は、監査請求前置の要件件を欠き、不適法である。
(二) (訴の利益を欠くとの主張)
(1) 三菱レイヨンに対する昭和四四、四五年度の、日本紙業に対する昭和四四年度以降昭和四七年度までの、各固定資産税の賦課徴収について
被告は、昭和四八年七月一〇日三菱レイヨンから昭和四四、四五年度の(別表(10)、(11)記載のもの)、日本紙業から昭和四四年度以降昭和四七年度までの(別表(10)ないし(13)記載のもの)、各固定資産税をいずれも賦課徴収し、これによつて被告の不作為状態を解消したから、原告らの本件訴のうち、右部分に対する不作為の違法確認を求める訴には訴の利益がない。
(2) 三菱レイヨン、日本紙業に対する昭和三五年度から昭和四三年度までの各固定資産税の賦課徴収について
かりに原告らの本訴請求が認容されれば、被告は、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項により準用される同法三三条一項に基づく判決の拘束力により、三菱レイヨン、日本紙業の両社から、賦課徴収済の分を除いた昭和三五年度から昭和四三年度までの各固定資産税(別表(1)ないし(9)記載のもの)を賦課徴収すべき義務を負担することとなるが、被告が両社に対して有する右各固定資産税の賦課権は地方税法一七条の五第三項に規定する五年の除斥期間の制限により、法定納期限(同法一一条の四第一項、大竹市税条例六七条により各年四月三〇日である)の翌日から起算した遅くとも昭和四八年四月三〇日の経過によりすべて消滅し、地方税法一八条により右各固定資産税の徴収権もまた消滅したから、前記両社に対する昭和四三年度以前の固定資産税の賦課徴収は不可能である。してみると昭和四三年度以前の固定資産税の賦課徴収を怠つたことを前提とする原告らの「怠る事実」の違法確認請求は、法的に不可能な作為義務についての判決の拘束力を訴求することに帰し、訴の利益を欠くから不適法である。
四、被告の本案に対する答弁
被告の本案に対する答弁は別紙答弁書記載のとおりである。
五、被告の本案前の答弁に対する原告らの反論
(一) 被告は、三菱レイヨン、日本紙業に対し賦課徴収すべき固定資産税を、条例に基づくことなく法的根拠すら不明のままただ一回の議会の議決により将来にわたつて免除したのであるから、住民である原告らにとつて被告の不作為状態の始期が明確で、容易に特定し得る場合に当らず、従つてこのような場合監査請求について、地方自治法二四二条一項による一年の期間制限の適用はない。
(二) 原告らの本訴請求が認容されれば、原告らは、被告職員に対する民事上上行政上の責任追求や、三菱レイヨン、日本紙業に対する固定資産税の追徴金徴収要求等が可能となるのであつて、被告の不作為により具体的で重大な不利益を蒙つており、法律上の保護に値する利益を有するものといえるから、原告らに訴の利益がないとの被告の主張は当らない。
六、証拠関係<略>
理由
一被告は、本案前の答弁として、原告らの本件訴は不適法であるから却下すべきである旨主張するので、まず本件訴の適法性について検討する。
(一) 監査請求前置について
被告は、原告らの本件訴の提起に先立つて行なつた監査請求は地方自治法二四二条二項及び昭和三八年法律第九九号地方自治法の一部を改正する法律附則一一条一項に違反するし、所定期間経過後になされたものであるから、本件訴は適法な監査請求を経ていない点で不適法である旨主張するが、地方自治法二四二条二項及び右附則一一条一項による監査請求期間の制限は地方自治法二四二条一項に規定する「行為」すなわち、普通地方公共団体の機関又は職員にによる違法若しくは不当な、(1)公金の支出、(2)財産の取得、管理若しくは処分、(3)契約の締結若しくは履行、(4)債務その他の義務の負担の四種の行為を対象とする場合に限られ、いわる「怠る事実」すなわち不作為を対象とする場合は、監査請求の期間制限をするにしても起算点を求めることが困難であることの外、同条二項の文理解釈からいつても期間制限に関する同条項の適用を受けないものと解すべきである。従つて本件のような固定資産税の賦課徴収を怠るといつた不作為については、右の期間制限は、適用されないものということができるから、前審手続としての監査請求が違法であるとの被告の主張は採用できず、しかして成立に争いない乙第二六号証によると、原告らの監査請求に対し昭和四八年七月二七日付をもつて監査結果の通知がされたことが認められるところ、原告らがその通知を受けた日から三〇日以内である同年八月一日に本件訴を提起したことは記録上明らかであるから、本件訴には手続的違法はなく、適法である。
(二) 訴の利益について
(1) 三菱レイヨンに対する昭和四四、四五年度の、日本紙業に対する昭和四四年度以降昭和四七年度までの各固定資産税の賦課徴収について
<証拠>によると、被告は、昭和四八年七月一〇日三菱レイヨンから別表(10)、(11)に記載した昭和四四、四五年度の、日本紙業から同表(10)ないし(13)に記載した昭和四四年度以降昭和四七年までの各固定資産税を賦課徴収したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、本件のような地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟の制度は、普通地方公共団体の職員による違法又は不当な行為等により普通地方公共団体の住民が損失を被ることを防止するために住民全体の利益を確保する見地から、職員の違法、不当な行為の予防、是正を図ることを目的として設けられたのであるが、右認定事実によると、三菱レイヨンに対する昭和四四、四五年度の、日本紙業に対する昭和四四年度以降昭和四七年度の、各固定資産税はすでに被告において賦課徴収済であるから、かりに被告において右各固定資産税の賦課徴収を違法に怠つていたとしても、被告の不作為状態は、これによつて解消されたものであり、もはや住民に対し損失を及ぼすことがないということができるから、原告らの本件訴のうち、原告らの本件訴のうち、右部分の固定資産税の賦課徴収を怠る事実の違法確認を求める訴は、訴の利益を欠き、不適法という外ない。
(2) 三菱レイヨン、日本紙業に対する昭和三五年度以降昭和四三年年度までの各固定資産税の賦課徴収について
本件のような「怠る事実」の違法確認を求める訴に対し、これを認容する判決においては、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項により準用される同法三三条一項に基づき、当該事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束するから、原告らの本件訴が認容されるとすれば、被告は判決の拘束力により、右認容判決の趣旨に従つて行動すべく義務づけられ、三菱レイヨン、日本紙業に対する固定資産税の賦課徴収を怠るという不作為の違法状態を除去すべき作為を負担することとなる。
ところで固定資産税の賦課決定は、地方税法一七条の五第三項により法定納期限の翌日から起算して五年を経過した日以後においてはすることができず、又同法一八条一項により固定資産税の徴収権も法定納期限の翌日から起算して五年間行使しないことによつて時効により消滅するところ(同条二項により右時効の援用を要せず、その利益も放棄することができない。)、地方税法三六二条一項及び成立に争いのない乙第四号証(大竹市例規集)のうち大竹市税条例六七条一項によれば、大竹市においては、固定資産税の納期を四期に分け、一期を四月一日から四月三〇日までとしていることが認められるから、地方税法一一条の四第一項により法定納期限は四月三〇日とされ、従つて被告の三菱レイヨン、日本紙業に対する昭和三五年度以降昭和四三年度までの各固定資産税の賦課決定権及び徴収権は、遅くとも昭和四八年四月三〇日の経過によりすべて消滅し、被告において前記両社から右各固定資産税を賦課徴収することはできないことになる。
してみると、かりに被告が右各固定資産税の徴収を違法に怠つたとしても、もはや被告としては、その不作為の違法状態を除去するための作為義務を行使する余地は存しないこととなるから、本件訴のうち三菱レイヨン、日本紙業に対する昭和三五年度以降昭和四三年度までの固定資産税の賦課徴収を被告が怠つたと主張する部分についても、結局において訴の利益を欠き不適法であるという外ない。
なお原告らは、本訴請求が認容されることによつて大竹市職員に対する民事上行政上の責任追求が可能となる点で訴の利益がある旨主張しているが、本件のような固定資産税の賦課徴収を怠つているとしての、いわゆる「怠る事実」の違法確認請求においては、法律上違法状態の解消が可能であるか否かによつて訴の利益の有無を決すべきで、税の賦課徴収に当るべき職員に対する責任追求の前提として「怠る事実」の違法確認を求めることはできないから、原告らの右主張は採用できない。
二以上の説示によると、原告らの本訴請求は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。
(森川憲明 下江一成 山口幸雄)
<別表省略>